【留学】振り払った「東大生像」―ホンモノの異質に触れて

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 「今はあるがままの自分を出せるようになった」―留学前後の心境の変化についてこう語るのは、昨年秋からダラム大学(イギリス)に1年間留学した小田碩規さん(文学部社会学科4年)だ。「あるがままの自分」を人に見せることがなかったという留学前。異国の地での生活を経て、小田さんの人生観はどのように変化したのだろうか。

インタビュー・文 仲井成志(教養学部4年)

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イギリスと言えば、赤い電話ボックスだ=エディンバラ城をバックに(小田さん提供)

 

部活をやめないと… 

 小田さんをイギリスにいざなったものを辿っていくと、小学生時代の読書体験にまで遡る。「先生に取り上げられるまで読み漁っていた」と懐かしむのは『ハリー・ポッター』だ。小学校5、6年生の約2年間で、邦訳全巻を3回も読み返したほどの熱中ぶりだったという小田さんに、舞台・イギリスへの憧れが芽生えたとしても何ら不思議ではない。「その時点で、ずっとイギリスに行ってみたいと思うようになった」。

 大学では陸上部に入部し、親友もできたという。しかし、留学を決心していたという小田さんは、思わぬ壁にぶつかることになる。留学体験談を聞きにいったとき、「これはマズいぞ、と思った」と小田さん。「経験者が口をそろえて、『語学面でもっと準備をしておけばよかった』と言っていた」。大学生活で1回きりの留学を無駄にはしたくない。その一心で、ある決断をする――慣れ親しんだ陸上部からの退部だ。「(退部を友人に伝えたら)嫌われるかもしれないと思っていた」と小田さん。しかし、友人はショックを受けてはいたが、留学を全面的に後押ししてくれた。「自分勝手なのに応援してくれて、感謝してもしきれない」。

 

「イギリス人にはなれない」 

 陸上部をやめた小田さんは交換留学に備え、パリ政治学院での1か月の留学、さらに東大のGLP(グローバルリーダー教育プログラム)への参加など、英語を用いた活動に精力的に参加した。

 準備の甲斐あって、「語学面での不安はなかった」という小田さん。しかし留学当初は寮生活になじめず、苦労したという。「(現地の)学生たちのノリが分からず、自分はイギリス人にはなれないと感じてしまった」。それでも交流を深めて理解しようと、食堂で食事している学生に積極的に話しかけるうちに、抵抗感も薄れていったと語る。寮主催のクリスマスパーティでは、一緒に食事していた学生たちと意気投合した結果、「人狼ソサエティ(サークル)を作っちゃった」と笑顔で振り返る。

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背後のダラム大聖堂は、映画「ハリー・ポッター」のロケ地にもなった歴史ある建物だ(小田さん提供)

 

「東大生像」を投げ捨てて 

 留学先では、大学でも専攻する社会学を勉強した小田さん。しかし、異国の地での学習はやはり、日本にいた頃のように一筋縄にはいかなかった。課題文献が多かったことに加え、「エッセイの書き方が難しくて、なかなか成績が伸びなかった」と振り返る。

 それでも、イギリス人の学生4人に囲まれながら取り組んだリサーチプロジェクトなどへの参加を通じて、ある確かな変化が訪れた。留学前は「挫折や失敗をかくすことで、気付いたら周りが求める『東大生像』に合わせてしまっていた」という。しかし留学先は「失敗して当たり前の世界」。見栄や外聞を気にせずのびのびと生活できている自分を見つけた。帰国してから参加したというインターンシップでも、知ったかぶりをするのではなく、周りの学生にすすんで教えを乞うようになった。今では「エリートをとりつくろうのではなく、あるがままの自分を出せるようになった」。

 

ホンモノの「異質」 

 小田さんは留学前の生活を、「周りに同調してしまっていた」と振り返る。留学しなくとも日本でできることはたくさんあると断りつつ、「日本での異質な経験は、『日本』というフィルターがかかっている」と指摘する。「日本に生まれた以上、日本でホンモノの異質は体験できない。同質性のフィルターを通さない場所に行くのは、いい経験になると思う」。

 終始、充実の表情で留学を振り返った小田さん。イギリス留学という小学生来の夢をかなえたばかりでなく、そこで得た確かな成長を武器に、今度は新たな夢へのステップを歩み始めた。

 

(インタビューは2018年10月5日に実施)